#18 A Perfect Moment

手をつないで戻ったホテルで、奈津美とまたキスをした。
閉じたドアを背にして、長い、奈津美しかいないキス。
黙っていると波の音が聞こえて、オフィスで出会った奈津美と、何だか遠くに、ここまで、来たんだなあと思う。

・・・・まあ、クルマですぐなんだけど。

奈津美の、細い、彼女の知性を示すように少し堅い腰をつかみながらキスをしていると、奈津美が両足を合わせながらむずむず動かしている。それにあわせて時々唇が離れる。いぶかって足元を見ると、奈津美は笑いをかみながら、

「実はね、」という。少し考えて、「指の間に入った砂って、世界で一番気持ち悪いよね、」と言うが早いか、鞄からポーチをひったくって、シャワーへ消えた。

残されたまま、テレビをつけるのも悪いような気がして、閉めてあったカーテンを開けた。

相変わらず空は曇っていて、それでもその色から、夕日が海へかえろうとしているのが分かった。 印象的な色だ、と思った。分かりやすい、記号的な景色はなくて、複雑な、今日一回きりに思えるような色だけがあった。それが嬉しかった。

「何してたの?」

あがってきた奈津美のデコルテが、また自分をかたくするのが分かった。
さっきより薄着になった、奈津美の長い、白い腕と脚が、あっという間に言葉と表情のマニピュレーションを奪っていった。

「天候をね、観察してた。」

奈津美の表情が、江ノ電のあの、不思議そうな笑顔に戻っていく。

「緊張している」という情けない事実を突き付けられて、男はますます訳の分からないことを、喋る。

「観察っていうかね、監視というか。急変してさ、これから行くカップルだけばっちり砂浜でサンセットなんて、ずるいじゃんって。」

自分の口から、こんなにも思ってもない事を言う日が来るとは・・・

奈津美は笑いながら静かにそれをきいて、確かめるように窓辺へ近付いた。
曇り空の弱い光が奈津美の形を縁どって、不思議なほどの存在感を、まっすぐ僕へ投げた。

しばらく何か考えるように外を見たあと、
今度はいたずらっぽくこちらを振り返って、
楽しそうに笑みを深めると、

「窓がいけないのかも。」

と後ろ手に勢いよくカーテンを引いた。

部屋がすっと暗くなって、奈津美がベッドに腰掛けた僕の上に飛び込んできた。

薄暗い、お互いの表情がひそひそ話するような部屋の中で、笑顔だった奈津美が、急に目をつむった。
自分に身をゆだねている、のが分かった。それが必要な事だから、いとも簡単にそうできる奈津美の勇敢さが、いつものように僕を驚かせた。

戻ってきたときの続きのようなキスを終えると、奈津美のキャミソールを取った。
細身の上に、やわらかい、形の良い胸が現れる。

感動するヒマもないのが、セックスの難点だと思う。

今までに、「想像した通りの胸」って、ひとつも見た事がない。

顔や肉付きのイメージから、あんなにも想像力を掻き立てて止まない胸の、この毎回の言葉にならない、否応もなさ。

彼女にまつわる、一切の想像がそこで中断されて、「あっ」と言う間に、存在が確定してしまう感じ。

こんな事の一切を味わっているヒマもないのが、セックスの一つの難点だと思う。

でも、先へ進もう。

胸や、肩や、耳や、奈津美の隅々に触れながら、いつの間にか二人が裸になると、急にせっかちになったように奈津美が、下から抱いていた僕の肩をぐっと何度も引き寄せた。

ゆっくりと彼女の中へ入っていく。

奈津美の、全身で押さえた声が、なぜか懐かしく感じて、ついさっき砂浜で、時間が止まったように見えた、裸足の奈津美を思い出していた。

身体がぴったり重なって、奈津美の顔が見えなくなると、砂浜でキスをした奈津美の優しい笑顔が浮かんでくる。

いま、どこで何をしてるのか忘れてしまうほど、印象的な瞬間だった。
本当に時間が止まったように。

それが、これから自分が誰といればいいか、の答えのように思えた。

力が抜けて、奈津美の上に身をもたせかけた。
両腕が、やわらかく背中にまわってくる。
奈津美を見ると、目をつむったまま、優しく笑っているように見えた。
短くキスをすると、目が開いて、大きい瞳があらわれた。
キスをした。そんな事を、何度か繰り返した。

「ね、海が見たい。」

ベッドを立つ許しを請うように、奈津美に言った。
あの空の色がもう一度見たかった。
優しい笑みが返ってきた。奈津美も身を起してベッドに腰掛けた。

カーテンを引くと、同時にはっと、沈黙した。

窓の外は想像もつかないほど闇だった。
もう夜なのだった。

奈津美と顔を見合わせて、二人して驚いているのに、笑った。
当たり前だもん、考えたら。

窓を開けて、ベランダへ出てみた。
風が少しだけ濡れていた。波の音が繰り返している。

いつの間にか奈津美が背後から隣へきて、頭をもたせてくる。

星のない、しめった夜の下で、もう一度奈津美とキスをした。