#16 冷たくなくてやわらかい、奈津美の唇はとてもなめらか。

車窓に映った奈津美の笑顔。

自分にとっては遥かなる旅をしても見に行く価値のある、笑顔だ。

ぎこちなく握った手を奈津美は躊躇することなく握り返してきた。

そして。

「ちゃんとしたいんだって、言ってた。」
「うん。」
「約束守って。」
「もちろん。」

とは言ってみたものの。

手を握っただけで、まだ、キスもしてないんですけど、ボクタチ。

奈津美って、いや、こういう時の女って度胸あるよなぁ、違う星の生き物だね、これは。
いやいやいや、などと、感心している場合ではないのだ。

ちゃんとするっていうことはですね、まず、きちんとした手順を踏んで、えっと、だから、いまは手を握っています、だから、、、、次は、手をつないで海辺でも歩いて、み・ま・す?

「ここで降りよ。」

頭のなかでグルグルと湧き上がる欲望と葛藤の渦の中にいた俺は奈津美の一言で我に返った。

「だね。」

七里ヶ浜で降りると、そのまま海辺へと向かう。手をつないで。

コンクリートの壁を過ぎると、すぐに砂浜。

奈津美は、白いスリップオンタイプのコンバースを脱ぎ、波打ち際まで走って行く。

奈津美のスニーカーを濡れないようにコンクリートウォールの上に載せると、自分も靴を脱いで奈津美のスニーカーの隣に並べた。

白地に空色のラインが入ったシャツにくすんだ白い麻のショートパンツを合わせている。
ブラジャーラインまである長い髪は無造作に見えるようにちょっと中心をずらして後ろで束ねている。
耳には紫色の石が入ったピアスがキラキラとしている。
念入りに施された化粧はほとんど素顔に見え、薄いそばかすが肌の透明感をより意識させる。
足には白のネイルをしている。

波と戯れる奈津美に近づき抱きしめた。

自分と奈津美の身長の差は10センチ程度。

自分の顔を見上げるように奈津美は首をぐっと後ろに反らした。

「好きだよ、ずっと前から。」
「あたしも、あなたのことが好き。」

奈津美の少し鳶色がかった瞳を覗きこむ。(吸い込まれそうだ)

見つめ返してきた。

しばらく見つめ合った。

そして。

初めてのキスをした。

やさしくて、穏やかで、なんの危険もない、どこにいくあてもない口づけ、とは違う、深くて長い、とても最初とは思えない、キスをした。