#9 冷たくなくて、やさしい、雨、と、奈津美。

新橋駅で佳代子先輩と別れると奈津美の声が無性に恋しくなった。

「もっしもし。」
「あっ、いま、大丈夫?」
「いまね、バーゲンに繰り出してるの。」
「そか。あのさ、京都行ったことある?」
「京都? あたし大学、京都だったから。」
「そーなんだ。」
「知らなかった?」
「知らなかったよ。行ってみたくない?」
「夏に? 溶けるよ。」
「だよね。」
「先斗町にうしのほねっていうのがあるの。」
「なにそれ?」
「学生の時にバイトしてたんだけど。。。」
「ふぅ〜ん、なんか、悪さしてたでしょ?」
「うふふ。」
「・・・・」
「春がいいよ、京都は。」
「うん。」
「ねっ、ごめん、また。」
「あっ、ありがとう。」

奈津美って京都の大学だったんだ。
そーなんだ、知らなかった。
いいこと聞いちゃったね。

まだまだ知らないことたくさんあるんだろうなぁぁぁ。
どんな学生時代だったんだろうね。もてたんだろうなぁ。

やさしくて、かわいいし、素直だからなあ。
なんかちょっと嫉妬。

いいもんね、俺なんてその奈津美と海、行くんだもんね。
夏真っ盛りに海だぜ、わはは。どんなもんだいって、くらぁ。

しかし、バーゲンですか、こんな時間まで、元気あるね、仕事忙しいのに。
デザートは別腹ってやつとおんなじだよね〜、オンナってほんとショッピング好きだよね。
普段はほんの数分の距離を歩かないオンナでも、バーゲンの時は数キロを平気で歩くからね。
しかも荷物持ってだぜ。

オンナが考えるのは将来のこと、オトコが考えるのはその晩のベッドまでって誰かが言ってたけどさ。
まぁ、確かにそーかもね。

でも、バーゲンでなに買ってるんだろうね、ひょっとして水着か、ぐふふ。
返す刀で津田に電話した。

「どした?」
「明日さ、買い物付き合ってよ。」
「いいよ、なに買う?」
「水着に決まってんだろ、あと、パンツ。アンダーウェアね。」
「はぃはぃ。どこ行く?」
「渋谷でいいんじゃない?」
「じゃ、ザーラ向かいのセガフレッドにいるよ。」
「13時でいい?」
「御意。」

俺の頭の中では夏のイメージがぐるぐる。

「彼女が水着に着替えたら」と「波の数だけ抱きしめて」のシーンが交互に出てくる。あらえっさっさーな状態。

改札口には人が急いで吸い込まれていく。みんな、どこに行くんだろう。

混んだ電車を避けたくて、まだ、しばらく、駅前のビジョンの下で煙草を吸う。
止む気配のない、雨のやわらかな匂いと音を浴びて、奈津美との未来に想いを巡らす。